エルモラド帝国暦8世紀を前後してナイオドス峡谷とアルセイドス平原を横切るバルリアングス前方基地はエルモラド軍の重要拠点として、虎視眈々とエルモラドへの進軍を計画するカルス軍の動きを何回も封鎖するのに成功した。
バルリアングス前方基地は百年程前、第2次ルナ戦争を成功に導いて勇ましく戦死した名将バルリアングスの死体が眠った所であり彼の御霊がエルモラド軍を守護してくれているかのようだった。
この鉄壁の要塞は過去に一度も、敵の進入を許したことは無かった。しかし各国の侵略経路が海上にまで広がりつつある中、これ以上バルリアングス前方基地の防衛に戦力を割くことは困難となっていた。
帝国暦850年、バルリアングス基地から1km離れたテルミヌ谷の中心には両国の休戦を表す巨大な守護塔が建てられていた。
過去すべての歴史を紐解いてみたところで、この守護塔が自らの役割をしたことはあまり多くなかった。
カルス、エルモラドの両国は少しでも時の領土を広げるため、努力を怠らなかった。
その結果、谷の地形が変化される程の数多くの紛争が絶え間なく行われていた。
しかし過去の大規模な紛争の舞台とは思えぬほど、この三十年間、ただ一度の戦闘さえも発生しない静かな谷に様変わりしていた。
11月、晩秋の肌寒い風がアドニス大陸を包んだある日。
エルモラド軍バルリアングス基地所属の守備兵レーキは一人きりでテルミヌ谷のエルモラド陣営に残って国境守備を行っていた。
「今日も本当に退屈だな。なにか面白い事でも起きないものか…」
彼はテルミヌ谷の守備に配置されてからもう5年経っていたが、その間ただ一度の戦闘も経験した事がなかった。
初めて国境に配置されるという話を聞いた時、彼はいつ命を失うかも知れないという恐ろしさが心の中にいっぱいだった。
しかし自分が配属される何十年も前から戦闘は行われておらず、いつ敵軍が侵略を始めて戦闘が発生するかも知れないというなどの緊張感は今の状況ではまったく残っていなかった。
レーキはエルモラドを象徴する自軍の結界石に身を預けて目を瞑りはじめた。
その時だった。いつも濁った光を維持していた結界石がきらびやかな光を噴き出しながら輝き始めたのだった。
レーキは結界石のあまりの輝きに一瞬目をつぶったが、即座に大きく目を見開いた。結界石の輝きは敵軍の侵略を知らせる信号であったからだ。
カルスは軍事的重要拠点を疎かにしたエルモラドの陣営を奇襲したがエルモラドの早い対応でまた戦況は均衡を取り戻した。
しかし数十年間、静かな状況を維持していたテルミヌ谷がその積もった鬱憤を解消するかの如く、戦争の炎は容易におさまることはなかった。
国王は国境地帯として、その重要さが復活したテルミヌ谷に非常事態を宣布する一方、有能な戦士たちを大陸中心部に急速に移動させ始めた。